歌詞とは何か

 なぜ曲に意味のある言葉がついて歌になっているのか。いまだによくわからない。

 楽器だけではもの足りないから、そこに人の声を加えたいということなのか。よく、ボーカルも楽器のひとつだという歌い手がいるが、そんなことはない。仮にそうだとしてもかなり特殊な楽器である。人は様々な音のなかに混じっている人の声を聞き分ける。逆に、ボイスパーカッションのように楽器を口で演奏すると息苦しい。

 たんに人の声が加わるだけではなく、それが意味を持っているものであることが不思議である。私たちは歌を聴くとき、それほど歌詞をしっかり聴いているわけではないし、せいぜい短いスパンの意味しか頭に入ってこない。ましてや歌詞の最初から最後まで意味を理解して聴いているわけではない。瞬間瞬間の断片的な意味しか把握していないのに、どうして意味のある言葉にしているのか。なぜ、「あー」とか「ららら」といった意味のない音だけではいけないのか。それらの歌唱もスキャットとして一ジャンルではあるが主流にはならない。

 おそらく、スキャットを聴いているだけでは人は飽きてしまうのであろう。音楽は繰り返し聴くことで心地よさを感じるものである。次にくる音を事前に予想し、それに乗ることが気持ちいいのだと思う。だが、それだけでは足りないのであろう。そこで気がついたのは、人が発する音には意味を持たせることができるということである。

 流行歌は1番、2番、3番と同じメロディーの組み合わせが繰り返される。だが、そのとき歌詞は変えられる。同じ歌詞が繰り返されると聴き手は飽きてしまうだろう。同じ言葉が繰り返されるので、その飽きはよけい明瞭になってしまう。

 もちろん歌の発生史を考えれば、以上述べてきたことは机上の空論である。最初に言葉があり、そこにメロディがついて歌というものができてきたのであろう。絵画が教会や王室に飾られるという機能をなくして美術館に収蔵され、美の対象としてあがめられ、美それじたいが問題になったように、歌も儀礼の機能を喪失したとき、歌詞の意味が問われることになる。つまり、そこで歌詞は何なのかということが問われることになる。

盗んだバイクと壊れたガラス

歌の言葉を読み解く